プラシーボ2

書きたくなってしまうのだもの。余計な一言だって分かっているのにどうしても足したくなってしまうのだもの。


今日の小論文試験(下のエントリ参照)は、与えられた英文を読んで思うところを800字で書くというもの。制限時間は2時間と発表され、かなり余裕があると安堵したところ英文が微妙に長い上になぜか小説…。(あらすじは脚注に)*1
小説読んで思うところを書けと言われても、考えることに幅がありすぎて何を書いて良いのかわからない。小論文の試験て普通もっと立場を明確にして論旨を組み立てやすい評論とかが出るものでないのか。俺ら、腐っても理系!←厳密に言えば、腐った理系。
悩みながらも、強引に「医師」へ話を結びつけつつ何とか文章を仕上げ残りはあと2分、よかった間に合った!と安堵したのも束の間、最後の最後に余った字数をどうしても埋めたくなって…足してしまった。「今宵の空は三日月だろうか。」と勢い足してしまった。
書きたくなってしまったのだもの。流れと全然関係なくても構わない、とにかく800字ピッタリで終わらせたくなってしまったのだもの…。どこの世界の小論文に、今夜の月にお前が思いを馳せて終わるパターンがあるというのか、そんなツッコミは百も承知なのに。左手で必死で右手を抑えて止まれ!止まれ!と試験会場で一人のたうちまわるもin vain、思いついてしまった以上右手がコックリさんのように自動書記を止めない。もうヤだ、こんな右手捨てたい!


まあ書きたい放題書けたし、小論文で落とされても悔いはないか、と自分をなぐさめる。
それにしても、小説の感想文で不合格にされたら「病院と相性が合わなかった」としか言いようがない気がする。一体出題者の方は何を求めていたのだろうか…。

*1: あらすじ:アラスカで救急医やってる主人公(俺)および彼の所属する医療チームは、ベスト尽くしたのは間違いないんだけど事故にあった急患(ドク)を救えなかった。ファック。ドクが亡くなったことに結構責任感じて凹んでる俺に残されたドクの妻がやさしい言葉とかかけてくれて、それが重くて切なくてますます責任感じちちまう。 …数日後、教会で葬式、村長がドクの生を懐かしむシーン。大工だったドク、お前は仕事にすごいプライドもってて何かしらミスするとその戒めに木材に三日月型の傷とか付けて印にしたよな。お前はその月を見て反省の気持ちを新たにしてたんだろうし、俺らはその三日月のおかげで今でもこれからもドクのこと思い出せるよ。大好きだったよ、ドク、フォーエバー。 …そんな話を聞きながらドクに対してまだ責任感じてる俺はいたたまれなくなってて沈み込んでる。そこで再び登場ドクの残した未亡人は俺に言う。お医者さん、凹むのはわかるけどミスをしない人なんていないんだしましてやあなたはベストを尽くしたんだし、そんなに落ち込むことないわよ。こういうことがあったときは凹むんじゃなくてさあ、うちの旦那がやったみたいに、今回の件を「三日月」にしてあなたの胸に刻んであげてちょうだいな。そしたらあなたは今まで医者と出会ってきた患者さんのことをいつまでも忘れないし、みんなもあなたが生きた存在証明を感じることはできるわ。 …俺は教会を出る。あの未亡人の言葉に少しだけ救われて空を見上げると、息も凍るほど冷たいアラスカの夜空に三日月がまたたいていた…。 おしまい!