ソカベ通になる

あれやこれやと評判は耳にすることだし、音源のひとつでも聞いてみたいのだけれど今ひとつきっかけがつかめない、色々アルバムが有りすぎて何から聞いて良いのかかわからない。曽我部恵一、そしてサニーデイ・サービスにそんな思いを抱いているあなた。ご安心くださいもう大丈夫です!今ならご予算1,500円でたちどころ、またたく間に「通」の域に達することが可能なのです。CD1枚3,000円のこの時代、一つの道を究めるのに1,500円は決して高い投資ではない、私はそう思います。


まずは本屋に走りこのテキストを手に入れましょう。近所の本屋さんにも1冊くらいは置いてありますし、少し大きめの書店に行けば今なら平積みになっているはずです。



今号のミュージックマガジンの特集は「曽我部恵一サニーデイ・サービス」。表紙にはかのバンドのヴォーカルだったひげの人がでかでかと、ボーダーのシャツを着、アンニュイなほお杖でこちらをみつめています。
この巻頭特集がとてもすばらしく、本人自身へのキャリア振り返りロングインタビュー、midi時代のディレクターである渡邊文武へのインタビューの2本によりサニーデイ・サービス曽我部恵一)という「あの季節」を表裏から照らし、そのバンド像・ソロキャリア像の骨組みを立体的に浮かび上がらせています。さらに曽我部恵一をとりまく井の頭沿線の空気やにおい、デビュー時の雰囲気を非常によく捉えた中編コラム3本(と小編1本)、詳細なキャリア全作品解説によって先程の骨格に鮮やかな色が付き、と総じて出色の出来映えです。切り口こそ違えどサニーデイ解散時のBUZZの特集*1に次ぐサニーデイサービス、そして曽我部恵一特集の決定打と言えるでしょう。


本は手に入りましたか?まずはこれをざざっとながし読みしてください。
出てくる固有名詞は何一つ分からなくて構いませんし(ネオアコURCなどという下品な言葉を知っていても世間から白い目で見られるだけです)、この時点で一曲も聞いたことのある必要はありません。ここは非常に重要なポイントなのですが、「通」として一番大切なことは、何を聞いたかではなくて何を「知ったか」するかです。私自身も「井の頭沿線の空気やにおい、デビュー時の雰囲気を非常によく捉えた」などと言っていますが、その頃の渋谷や下北沢についてなど何一つ知りません。他の文献で読む空気と大きな齟齬がないからまあ正しいこと書いてんだろう、くらいの認識です。胸を堂々と張り、毅然とした態度で「知ったか」しようではありませんか。


知ったか理論武装も済んだところでいよいよ実践編です。近所のTSUTAYA(東京にお住まいならもちろん聖地シブヤかシモキタに巡礼すべきでありましょう。メイダイマエにはTSUTAYAがありませんのでご注意下さい)に赴き、先の特集記事を読んで何となくあなたの心に残ったアルバムをサニーデイで1枚、曽我部ソロで1枚借りましょう。私に直接コンタクトをとっていただいても構いません。いくらでも音源をお貸しいたしします。
私個人としてはサニーデイなら『東京』『LOVE ALBUM』、ソロなら『strawberry』『Love City』がオススメですが、メロディーのキャッチーさはお墨付きとでも言いますか、意識して聞き込まずとも自然と曲が耳に入ってくると思われます。どのアルバムを選んでも正解でしょう。往々にして彼の作るアルバムは曲調が雑多、ではなくバラエティに富んでいますし、少なくともここを読んで上の雑誌を本当に買いに行くような人には1アルバムに2曲か3曲は気に入るナンバーがあるはずです。わざわざレンタルまでしたのですから、あると思わなければやっていられないはずです。


いざCDを聞くときの注意点ですが、音程は二の次とし、また、楽器の巧拙やリズムのぶれなどには全て目をつぶります。雰囲気です雰囲気。初期のドラムなんてリズムを作るどころかクリックを追いかけることもままならぬほどにモタついていますが、その辺りは段々と「味」「コク」になっていく部分なので今は軽く聞き流しておきましょう。ものすごくかわいい女の子が靴下だけちょっとダサかったらかえってポイントアップになるようなものです。これも全て「ああサニーデイ俺も聞いたことあるよ」「やっぱ『24時』の狂った曽我部が好きだね」と人前でうそぶくため、ロックフェスで「最近の曽我部恵一BAND、めっちゃいいぜ!」と、いとしい彼女の前で「ずっと曽我部を追いかけてきた人」を気取るためなのです。気取りたいでしょ?なのでここは一つ我慢の子を貫きましょう。


あなたがなすべきは、借りてきた各アルバムを5回ずつ聞く、これだけです。かしこまって聞くようなものではないので(そんなの後でいつでもできます)勉強や読書、mixiのBGMに胎教、適当に流し続けましょう。騒音おばさんのように大音量で近所にまき散らすのも良いでしょう。まだまだ続きます!まだまだ続きます!まだまだ続きます!*2次にその中で気に入った何曲かをリピートで5回ずつ聞きます。これもフンフンと聞き流せば十分です。この時点であなたは20曲前後を聴いたことがあり、さらに「やっぱ俺に言わせれば「7月の宇宙遊泳」とか「24時のブルース」みたいな長尺でぐんぐんトリップしていく曲こそが曽我部だよ、曽我部」「王道だろうけどあたしはやっぱり「白い恋人」と「浜辺」が好きなの」と知っているナンバーだけをパワープッシュすることができるわけですから、相当な「通」となっています。


そうそう、一つ大切なことを申し上げ忘れていました。メロウ。この言葉も彼を語る上で欠かせない言葉です。声に出してみましょう、メロウ。そうその調子です。メロウ。雑誌にネット、彼をとりまく言説はこのキーワードに溢れかえっていますからこれさえ言っておけばまず大丈夫。曽我部の曲ってメロウなんだけどすごいロックだよね(ロックとメロウの場所を置き換えても可)などと適当をぶっこいておけば大抵の信者達が「お、こいつ分かってるな」とあなたを「グループの一員」として認めてくれるわけです。


たまに熱烈なファンが目の前に現れ「『星空のドライブep』は中古で一万円近くした頃に買ったよー。」「エレクトリック・グラス・バルーンのライブで丸山くんがさあ」などと訳の分からない呪文を唱え始めますが、怯えることはありません。得てしてそういう人は「自分にとってのサニーデイ・サービス」を語りたいだけの、気になる女子にすぐサニーデイのCDをプレゼントしてしまうタイプの、相当に頭と心のイタい人のはずですから、あなたはと言えば遠くを見つめながら笑顔でウンウンと頷いてあげれば万事上手く運ぶはずです。ベンチに腰掛け若さを弄んでいたりするとなおグッドです。メロウにね。
あなたは既にミュージック・マガジンを通読しています。つまりは大筋として「あ、そのタイトルは聞いたことあるぞ」と思える状態です。適切なタイミングで相づちを打つことなどお手の物、赤子の手をひねるが如しでしょう。


一つ気をつけていただきたいのですが、曽我部を「ソガベ」と読むと鬼の首をとったかのように「ソカベ〜。濁りません〜。死んでください〜」と訂正をしてくるうるさ方がこの業界には多いことです。「ソガベ」などと一度でも口にしようものなら「こいつ、モグリだ」と一発でばれ、袋叩きに遭ってしまいます。普通に「濁らないんだよ」って教えてくれりゃいいだけなのに、これだからファンってのはめんどくせえよ…といたずらに心を傷めかねません。老婆心ながらご忠告申し上げます。ゆめゆめお間違えのなきよう。


以上、ソカベ通への道のりを簡単に述べてきました。ミュージック・マガジン1冊とCD一週間レンタル2枚で1,500円程度。テストを終えた高校生・大学の方々、仕事帰りにTSUTAYAのある社会人の皆様、ぜひお試し下さい。

*1:死ぬほどサニーデイ・サービスが好きで好きで仕方なかった男達が書いた、主観丸出し情熱あふれまくり、最強熱量を誇る最高の解散特集

*2:Strawberryの"STARS"より。