新宿残酷物語2008 その1

あっという間のできごとで私をすっかり恋に落とした、詩人の言葉あそびがそのまま形になったかのようにチャーミングな女の子が実はセカチューもびっくりで不治の病。はかなく可憐な闘病生活むなしく彼女の余命はいくばくもないのだ、うむむ。さあさてあなたは何を思う。


http://www.berg.jp/index.htm


JR新宿駅東口改札を抜け左へ折れれば15秒、ルミネエストは地下1階にBERG(ベルク)はある。つね日ごろから新宿で飲んでばかりいるくせに恥ずかしながら今年になってようやく、ふらり立ち寄ったこのお店、聞けば歴史ある名店とのこと。その後の聞き取り調査によれば私の周りにもこの店の存在を知る人は意外なほどに多かった。何で教えてくんないのよーぷんすかぷんすか!と頬をふくらませてはウソ怒り、かわいさアピールに余念のない私ではあるが、とにかくこのカフェともパブとも居酒屋ともつかぬけったいな飲食店に射抜かれたという訳だ。私のハートがスコーンと。
なにせビールがお安く真っ当に美味い。サッポロ黒ラベル(アサヒなんかじゃないのが素敵!)、黒ヱビス、エーデルピルス、ギネスとこの規模の店にしてはラインナップも充実かつ価格もリーゾナブル。ハーフ&ハーフが嬉しい。このやすらぎにハーフ安堵ハーフの称号を贈りたい。企画ビールや日替わり純米酒、ワイン赤白常時2種類ずつ。飾らなくとも実のあるおつまみ、素朴で美味いパン。お酒ばかりをいただくせいでコーヒーは未飲だが、ここを喫茶店として利用する人も多いようだ。店をつつむ雰囲気がこれまたすばらしく店内の調度を、漂う空気をこれ以上にないさじ加減で年月が薫製している。



さてここでこちらをご覧いただきたい。
http://www.berg.jp/syomei/syomei1.htm
何という悲しすぎる知らせだろうか。一歩を踏み入れるやフォーリンラブ、一目惚れのもたらした浮かれモードに舞い上がる私へ突きつけられたのは、愛しのBERGが立ち退き要求を受けているという無情なる事実だった。ドーン!え、今知って今好きになったばっかなんだけどいきなりこの店なくなるの?! アーウィッソエーヴァアー。助けてください、助けてください!うむ、さすがにセカチューは古いぞ自分よ。


草の根消費者である私に講じられる対策の一つは、上にリンクしたページからも行える署名運動。これは出会った初日に入念に済ませた。おもむろに右の親指をガリッとかじり、たぎる血潮で氏名に住所、本宮ひろ志の主人公が書く果たし状ばりに魂を込めた。だがしかしこれだけでは足りぬ、足りぬのじゃ!カッ!思わず仙人口調プラス目を見開く音が出てしまう程に不安が残るのじゃ!カッ!だから私は決定的なもう一つの手段にも出よう、つまり「想像力で世界を変える」といった類の古川日出男レジスタンスに身を投じよう。そう考えている。

朝のリレー 谷川俊太郎


カムチャツカの若者が
きりんの夢を見ているとき
メキシコの娘は
朝もやの中でバスを待っている
ニューヨークの少女が
ほほえみながら寝がえりをうつとき
ローマの少年は
柱頭を染める朝陽にウインクする
この地球では
いつもどこかで朝がはじまっている


ぼくらは朝をリレーするのだ
経度から経度へと
そうしていわば交替で地球を守る
眠る前のひととき耳をすますと
どこか遠くで目覚まし時計のベルが鳴ってる
それはあなたの送った朝を
誰かがしっかりと受けとめた証拠なのだ


詩人のまなざしは時として真実を赤裸々に照らし出す。カムチャツカ、メキシコ、ニューヨーク、ローマ、そして新宿。朝から朝へ、地球の自転を促すのは朝のリレー。明記されてはいなくとも、有史以来途切れることなく繰り返されてきたこの営みもまた、リレーの一種である以上バトンが必要に違いない。世界をかけめぐるこのリレー、バトンは持ち運びに優れかつ人類に普遍的な道具・現象である必要があろう、すなわちバトンとは「おはよう」のあいさつと見てまず間違いないだろう。次から次へと伝播されるおはようの声が世界を回す。時計の針を回す。そして明日も明後日も、マイ・スウィート・ハートBERGは危機に瀕している。


だったら「おはよう」を無くせば地球は回らなくなるし時は進まなくなるってことなのではないかしら。これって素敵なアイデアだと思わなくって、ねぇマリラ?
あまりに浮かれた発言のため赤毛のアン口調が乗り移ってしまったが、とまれ事態はこれで落着となる。実際に立ち退きが決定されてしまったとしても「おはよう」を封じ込めることで時計は止まり次の朝は遠ざかり、立ち退きの日は永久に訪れまい。おお、ワッツアクールアイデア


問題は「おはよう」を言わなくなった私はただそれだけで「非常に感じの悪い男」になってしまうことだ。同僚、先輩医師、看護師さんやその他コメディカルさんからのおはようございますに終始無言を貫いていては必定、遅からず院内村八分状態にとなることは想像に難くない。この人は愛する女性(ひと)を守るため、地球(ほし)の自転を相手に一人戦いを挑む孤高の勇者(ドン・キホーテ)…。愛、愛ゆえなのね…。などとは誰一人察してくれないだろう。カッコ内は振り仮名だ。
また何らかのはずみでことの経緯(←地球の経度緯度とかけてますよ!)が知れたとして、この人はアル中のガイキチ!とますますの距離感が生じることになりそうだ。表面上は取り繕われていても、面と向かって「三単現のs」を付すなどの陰湿な嫌がらせを受けることは目に見えている。下手をしたら「霊が取り憑いている…くわばら!」とあらぬレッテルを貼られ、除霊のボジョレイ・ヌーボーを浴びせられかねない。愛情と職務の両立…。助けてください、助けてください。アーウィッソエーヴァアー。


その2へ続く)