ボチャン

西武新宿駅のトイレに、携帯電話(W51S)がダイブを敢行した。散る桜にも似た思い切りの良さだった。大便器に向かって立ちションを催していたときに生じたまさかのハプニング。水に沈むのは日本列島だけだと思っていたが、まさかそれ以外にもまるごと水没するものがあるとはね。たとえば私の携帯電話。
油断があった。両手でおしっこをしながら首まわりの力だけで携帯電話を固定しながら通話するという、飲酒状態にあっては自殺行為に等しいアクロバットに身を染めていた。普段の私ならそういった不用心なことはしない。昨今の携帯電話の薄さ、首での挟みにくさをみくびることはない。


いつになく酔いが回っていた。地味に寝られず睡魔を引きずったままの当直明け、花粉症に対する抗ヒスタミン薬、夕食のタイミングを微妙に逸したがゆえの空腹。これらが優雅なワルツを奏でては、私の酔いを助長していた。
連合赤軍の闘争と希望と無惨なまでの敗残を血で描いた若松孝二のフィルム*1は190分にも及ぶ大作、上映時間だけでも観る者を圧倒するが、加えて質的側面においても極めてマッシブな重みを観客につきつける。役者さんたちの鬼気迫る表情はいつまでも消えない胸焼けとなり上映終了してなお、私の心窩部を鈍く圧迫し続けた。多分それもまた、私の酔いを助長していた。


3秒ルールをご存知だろうか。床に落ちたお菓子は3秒以内に拾って口に入れれば大丈夫、汚くなんかないんだよというアレ。携帯電話が水没したときにも、しかも現場が便器内であった場合でも、当然のごとくこのルールは適用される。
電子機器ミーツ水分という組み合わせからして一刻も早いレスキューが要求される局面である。だがしかし拾うべき対象が尿混じりの液体に、というか結構な分量おしっこ出したからほとんど尿そのもの中に落ちている。自分の尿に必死で手を突っ込むってどうなのよ…いくら酔っててもちょっと抵抗あるよなあ…でもお前なんて、握ってやる!アドレナリンがそうさせるのか、コマーシャル以外では見たこともないスシ王子のビジュアルが脳裏によぎる。


手元に残ったのは尿まみれの携帯電話と尿まみれの右手だった。厳密に言えば、おしっこ急停止のせいで解消されきらなかった尿意、慌てふためくあまりズボンについた尿染みも手元に残された。電源をいじろうと何をしようと、ピクリともしない我が愛機。携帯電話は既にその機能を停止しており、しかし俺産の尿素によってみごとな保湿コーティーングが施され、つやつやと逆説的な美を実現している。


別段オチのある話ではないが、家に帰ってドライヤーをかけまくったら見事に電話は治った。全く問題なく使用できる。俺産の尿素コーティーングされてつやつやして結果オーライ。