ホットライン

上半期と下半期のさかいめの月替わりをもって、小児科での研修が終わり救急部での研修が始まった。


小児科はとにかく楽しかったなー。看護師さんの雰囲気がばつぐんに良くて、病棟の壁には目がつぶれるくらいたくさんのアンパンマンが飾ってあるかと思えばプレイルームは色とりどり、機関車トーマスは日々汽笛を鳴らしていた。先生方のおおらかさ。ガキンチョのわがまま放題と日々格闘している先生方は心に果てしない余裕があるのか、あるいは精神的に疲弊しきっているのか、僕のハイブロウなジョークや技ありのダジャレにうすら笑いや巧みな無視でみごと答えてくれて。それは大人の包容力。
海外渡航も含めて学会に参加させてもらえたし、医局旅行なんていう洒脱なイベントも用意されていた。その旅路で私は初めて「スナック」という領域に足を踏み入れることになる。1泊2日の小児科医局旅行、太陽は沈み夜も更けしかし周りには夜露をしのぐ酒場もない河口湖のほとり、幹事の先生がなんとか見つけてくださったパーティー・スポットはスナック「オリビア」。ポマードよりも脂ぎったおじさんがポマードよりもべっとりした歌謡曲を歌いながらポマードよりも匂い立つチークダンスを踊っていた。しかも相手はフィリピーナ、店内を満たすナンバーは美川憲一で『新潟ブルース』。いやあ、小児科ってすばらしいですね。


そして何より児だ。児に尽きる。こどもってこれはやはり異様なまでにかわいいのだ。だっこ(の真似ごと…)をすれば満面の笑顔で肩越しによだれを垂らされ、仕事をさぼってトランプに興じては「スピード」で接戦の末にわざと敗北し、カルテを書きながら適宜ゆりかごを揺すりつつときには児特有のプリプリした肌にうつつを抜かす毎日。NICUの新生児たちは(ことが順調に運べば)日々すくすくかつぶくぶくと体重を増やし、泣き出す元気もなかった幼児は気が付けばきゃっきゃと病室を走り回っている。なんでこんなに可愛いのかよ(大泉逸郎)。ピーディーアトリクス、イッツファンタスティック。僕はアンパンマンの描き方をおぼえたよ。どうがんばっても脂ぎった表情になってしまうのが玉に瑕だけれど。
ありがとう小児科、愛してます小児科。今までの中でもイチニを荒そう楽しくて魅力的な科だった。僕は精神科志望だけれど、いつかどこかで、小児に接する場所にいたいとけっこう心から思った。


などと感慨にひたる間もなく救急部での実習が始まった。心肺停止や交通外傷、オーバードーズはもちろんのこと飛び降り、溺死、原因不明の全身痙攣、深すぎる刺傷などバラエティーに富み過ぎた人たちが毎日手を変え品を変え訪れるのにビックリ仰天、アンド、てっぺんからつま先までぎゅうぎゅうに詰め込まれた管理項目とその解釈に頭を抱え続ける毎日。これはひとつのカルチャーショックだ。
そして何より衝撃的なのが当院ICUのスタッフ用トイレ。ここには鉄の掟が用意されている、つまりたとえ小便であっても便座に腰掛けその用を足さなければならないといのだ。救急だよ、救急。今ここがエマージェンシー、略してイマージェンシーの殿堂だよ。まばたきの間も惜しまれる、文字通り一刻一秒を争う場面で悠々ズボンを下ろしてはふぅっと一息を入れている暇がどこにあるのかと言いたい。飛び散る飛沫など気にも留めない無骨な魂をこそ、私は求めたいのだ。あこがれる。地獄の業火に焼かれ、それでも私は立ちションにあこがれる。
今までと勝手が違って未だにお作法すら手探りだけれど、とっとと慣れてこの科を楽しめるようになりたい。やること分かってきたらこの科きっと面白いだろうな。がんばろー。そして夏休みはフジロック