延長

原因不明のアレルギーに悩まされている。徹夜に重ねた心臓マッサージでくたくたになった体に缶ビールを携え、すでに1年半を暮らした研修医寮のドアを開けばそれはゆっくりと訪れる。雨を待つ日曜日がそれと気づかぬスピードで湿気を増していくように、私の体の中で連鎖する何らかのケミカル・リアクションは徐々にその勢力を増し、帰室2時間ほどで目の充血にかゆみ、とめどなくあふれる水っぽい鼻水、ときおり訪れるくしゃみ。その症状ははれて完成をみる、花粉症症状である…グジュグズ。1年半たって何を今さら…グジュブー、ボジャズ、ブジャグー。


張り詰めた病院の空気からいっとき解放されやすらかに過ごす、リラクシングなはずの一幕が終始こんな調子であるからして翌朝には腫れ上がったまぶた、狭小化した眼裂、真っ赤に充血した眼球結膜、全体に赤みがかった顔、これらが雁首そろえて私をお出迎えなさる。これが実にたまったものではなく病棟の扉をくぐるなり「お前昨日飲んだなー(医師より)」「先生二日酔いでしょ〜(看護師さんより)」といった類の洗礼が容赦なく私を待ち構えている。違いますよ、飲んでませんよぉ〜。泣いた赤鬼よろしく弁明をする私。オトナは…わかって…くれない!


スギ花粉さかりの季節、いざ外出すると鼻水が…という話ならば悩みを共有する同志も多くまた症状に対する「気の構え」もある程度できているのだが、家に帰ると何だか目のかゆみが…というのではどうにもこうにも受容が難しい。この2週間で急激に現れた耐え難いアレルギー症状。
季節の点からあれするならばブタクサの線も考えられなくはないとは思う。しかし症状が出るのは決まって309号室オンリー。部屋の中でブタクサを育てる趣味もブタクサ風呂につかる慣習もパクチー代わりにブタクサをまぶす嗜好もどれひとつ私にはない。27年と11ヶ月にわたる*1私の怠惰で安易な生き方がそのまま体臭に現れておりまさにブタのようにクサい、という意味での精神的なブタクサ感は否めないが、ともあれ四半世紀超をそのスタンスで泳がせておきながら手のひら返しのアレルギー反応で迎え撃つというのも殺生な話だ。


アレルゲンの同定は一向に進まず、しかし、いや、だからこそ吃緊の鼻炎症状だけは何とかせねばならない。経験的に得られた対処法として現在唯一の「俺エビデンス」を誇るのは深い飲酒だ。帰宅したその足でプルタブを開き南無三さらばアレルギー!とビールを流し込む。あとはその勢いに身をまかせ、熟練した演舞のスムースさでもって日本酒、芋焼酎へとツイストを踏めばセシボンイッツパーフェクト、花粉症症状を見事にシャットアウトできる。あとはそのまま酩酊し安室ちゃんのDVDを鑑賞しながら踊り狂い、床に倒れたまま朝を迎えた自分を確認すればよい。残念なことに実話である。
ここで気をつけなければいけないのは飲み過ぎ、ではなく「飲まなすぎ」である。半端な酒量で眠りについてしまうと睡眠の途中で「酒切れ」が起こるのですね。それでは朝起きたときに症状は完成しており、朝のグズグズの中で結局は目を腫らすことになってしまう。呼吸を妨げる鼻汁は眠りを浅め、翌日の勤務は見事なまでにあおりをくらう。だからこそ十分な、十分すぎる酒量が必要となる。私だって飲みたくて飲んでいるわけではないのですよ!


迫り来るアレルギーからがっちりと身を守ったあかつきに用意されているのはご多分にもれずハングオーバーすなわち二日酔い。一段と腫れ上がったまぶた、ますます狭小化した眼裂、際限なく真っ赤に充血した眼球結膜、まごう事なき赤ら顔、これらが雁首そろえて私をお出迎えなさる。これが実にたまったものではなくガンガンと痛む頭で病棟の扉をくぐるなり「お前けっきょく昨日も飲んだんなー」「先生また二日酔いでしょ〜」といった類の洗礼が昨日と変わらぬデジャヴ感で私を待ち構えている。違いますよ、飲んでませんよぉ〜。いや飲んではいるんだけどそれは治療行為であって…。オトナは…わかって…くれない!


という訳で家にいてもアレルギーあるいは酒が体にさわるばかりだから、救急部の研修をこのまま延長することにした。一番家に帰らなくてすむ科だしな。当直代で酒を買いライブに行きます。ひとまずはあと3ヶ月頑張るぞー。

*1:今月の14日で28歳になります!