超音速

かよいの床屋のなじみの理容師さんが美容師の資格を取得、新天地を求め店を去ったのは去年の11月いっぱい。かれこれ4年半の付き合いだった。会話の巧みなタイプの理容師さんではない、ざっくばらんに言えばジョークのセンスに逐一欠けるバーバーではあったが、初回にスキンヘッドにしてもらって以来なんとはなしに情がわき、また学生時代のバイト先はすぐ裏という立地条件も手伝って気がつけばいつも彼に髪を切ってもらっていた。


寒空の12月に取り残された私は新たな理髪店・美容室を探さねばならず、かといって翌年3月の引っ越しも確定しており近隣の店舗情報をちくいち漁る気にもなれない。そこで頼れる同期の知恵を拝借、いわば「つなぎ」として最寄り駅近くの美容室に狙いを定めた。
私は基本的に「床屋さん」が好きで美容院というものがどうにもむずがゆいのだが、これもつなぎ。ならばと好奇心も高まり「美容」の世界に足を踏み入れてみるとどうだろう、信じられないレベルで、信じられないレベルで美容師さんのトークがつまらなかった。毛が抜けるかと思った。わざわざ日記に書かずにはいられないくらいに、NON STYLEが面白い兄ちゃんに見えてくる程に。そのつまらなさはある種の事件性すら帯びていた。


その道にとんと暗いため齢28にして初めての体験だったのだが、その美容室はカットコースにランクがつけられている。位階によってスタイリスト→トップスタイリスト→サロンディレクター→アートディレクターと美容師さんが出世していき、それに応じてカット料金が上がる。なんとしゃらくせえ。普通に切っていただければ大満足、お釣りが来るよと「スタイリスト」さんにカットをお願いした。一番お安いコースでも仕上がりは上々、少なくとも私の審美眼上は十分な出来映えだった。


しかしディスイズプロブレム、繰り出されるおしゃべりの面白くないことはなはだしいのだ。彼と話すだけで血圧が上がり動機が胸を襲う。ストレスで毛がちぢれてしまうのではないか。心からヒヤヒヤした。
美容関連の話で面白くないのならわかる。このスタイリング・ワックスがおすすめです、いっかいトリートメントかけると持ちが全然違いますよ。そんな内容であればまあ、私的には興味ほぼゼロにせよ、プロの視点を垣間見できる気もするしそういった話の需要が高かろうことも想像がつく。なんとかしていただきたいのは「間が持たない」に端を発する日常会話。こっちだ。


美:年末はどうなさるんですか〜?僕は一日だけ実家に帰るんです、アハハ。
私:へぇ、そうなんですか〜。(本音:お前の年末年始なんか知らねえよ…とりあえず適当に返しておくか)。
美:実家に帰ってもあれですねえ、もう自分の部屋なんか物置みたいになっちゃってて、アハハ。
私:わかりますよ、それぇ。(うっわーひねりゼロ。その手の話、一人暮らしの男なら2億回以上したことあるんです。もう飽き飽きだからやめてください)
美:でも何だかくつろいじゃって、正月ってやっぱ太っちゃいますよねぇ、アババ。
私:ああ、もう絶対ですよねぇ。モチいっちゃいますからねー。(まさかのひねりゼロ・アゲイン!だからその、つまらなすぎる会話のための会話をやめてくれ。「アババ」って聞こえた気になって面白がるしかなくなっちゃった…)
美:あ、おモチ好きなんですかぁ?オバマ
私:2009年はモチの年にしたいですよねぇ。(疑問文でくるな!もうお前しゃべんな!)


この美容師さんは特例としても、どうしてどこもかしこも「美容師」と名のつく人はこうも会話が面白くないのか。決して面白くなかったなじみの理容師さんに輪をかけてつまらない。終始こんな会話をしていたら頭が腐る。髪の毛がモチになる。
これはマッハだ。それもかなりのマッハ。その空気振動が私の耳に届く頃には既に、こめられた「意味」は遥けきかなたに通り過ぎており、ただただ空っぽの「音圧」だけが鼓膜に響く。だからあまりに空っぽで無内容な、工夫や相手を喜ばせようという意志ゼロの「空気のふるえ」だけがそこに残る。だからあそこまで面白くないのだろう。となりの席のあの美容師さんも、あそこでカラーリングをしている人も、私の価値観の中ではない方が余程マシな「どうでも良い」スーパーソニックを生産し続けている。


美容院は(「女性的な意味」で)会話していること自体を楽しむ場なのだろうから私が何を言ったところでそれは遠吠えだろう。会話なんて世の中の「女子」の最大公約数で十分に違いない。しかし最大公約数ほど人をつまらなくするものはない。これは海の向こうでcoldplay、本邦でレミオロメンが何より雄弁に物語る揺るぎない事実だ。
だから頼む、だったらせめて喋らないで。わかった、追加料金を払っても良い。オプション500円で「美容師さんが髪の毛に関わること以外何も喋らない」コースになりますが?ぜひ!
どうせなら、会話の技量でコース設定すれば良いよ。オシャベリスト→トップオシャベリスト→トークディレクター→ムードディレクター。これだ。いや、ムードはいらないけれど。


先日も同所を訪れまったく同じ感想を抱いた私。身に染みてよくわかった、私なんぞは美容院に行って良い人間ではない。はやく新しい髪切り場をみつけたい。