とんこつしょうゆラーメン完食

今日は祝日、読みたかった本を進めながら洗濯機も回し、ざざっと掃除機もかけたし、さーてお昼は何を食べようかしらん。特別に食べたいものもなければ電車に揺られてグルメスポットに向かうほどの意欲もなし、しかし腹が減ってきたのは事実、つまりは「なんかテキトーなもんをぼさっとした感じに食いたい」というムードが世界をおおっている。

日本にはある。「テキトー飯」のリクエストにおあつらえ向きのお食事処、つまりラーメン屋さんがある。黒いTシャツ頭にタオル、腕組みしながら人生訓ポエムを謳いあげる意識の高い「ラーメン道場」ではなく、街場の、良い意味であまり思い出に残らないラーメンを出してくれるお店がある。ラーメンがおかしなことになる前から普通にあったタイプのラーメン屋さん。というわけで、テキトーな雰囲気を全身にまとい、最近できた近所のラーメン屋さんにチェックインである。ぼんやりした気持ちでとんこつしょうゆラーメンと野菜トッピングを注文。うーむ、我ながらカンペキ、祝日としてのエレガントな空気がここには実現している。書き残そう、あなたの人生の物語

オマッセシマター、トンコッショユラメンデス!という小気味良い発語と共に運ばれてきたとんこつしょうゆラーメン、これがドンピシャな塩梅で「ザ・普通」としか言いようがない。とんこつっぽいような味がするししょうゆの味もある以上、とんこつしょうゆラーメンと呼ぶしかない。まさに狙い通りのテキトーさ。ザ・普通。祝日としてのエレガントな空気ゴーズオン。と、ここまでは良かったのだが、一点おかしい。いつまでたっても野菜がやってこない。とんとやってこない。とんこつしょうゆらーめんに野菜をトッピングすることで完成するとんこつしょうゆ野菜ラーメンを俺は食べたいのに。

できることなら野菜の到着を待ちたい。野菜ご一行さまご来場の後に、とんこつしょうゆ野菜ラーメンをザザッとすすりたい。しかし待てど暮らせど野菜はテーブルに現れず、かといって麺の「のび」という時限爆弾を抱えた俺にとって悠長は罪だ。本日のラーメンにおいてはテキトーこそが是ではあるけれども、それは目の前で食事が不味くなっていくことを笑って容認するような退廃ではない。そこで涙の折衷案。「いつもよりも落としたペースで食べ始め、遅れてやってきた野菜と合流を果たしたあかつきにはギアを上げ、とんこつしょうゆ野菜ラーメンを一気呵成に食べきるプラン」の発動である。祝日としてのエレガントな空気にかげりが…。

ラーメンは食べるペースが何よりも大切だと思う。麺をすすりスープを飲みまた麺をすすり、という循環がグルーヴを産むからこそ、そしてそのグルーヴがおのれの身体感覚に根ざしたものであるからこそ、ラーメンはなんだか美味い。そんな不思議を味わうためには、むしろ「そこそこ」くらいのラーメンの方が良かったりもする。味に感動しているとビートが生まれなくなってしまうから。ラーメンが生むグルーヴのマジック。しかし野菜トッピングが届かない今、俺は身体感覚から疎外されたおかしなテンポでとんこつしょうゆラーメンをすすらねばならず、そこにはビートやグルーブが生まれない。狙い通りが仇となり、ザ・普通を自分の本意ではない駄ペースですすることになっている俺にマジックは訪れず、なんだか寂しい。

アルカイックは日本の美徳ではあるものの菩薩のほほ笑みで野菜トッピングが運ばれてくるのなら政治も警察もいらないのであって、言うべきときにはガツンとものを言わなくてはいけない。私が注文した野菜トッピングはまだでしょうか?という意味内容を、紳士的なものごしで二度ほど尋ねてみるが相手もさるもの、ゴチュモンノヤサイ・モチョトオマチクダサイの一点張りで事態は平行線を辿る。俺はグルーヴを得られていないのに、韻を踏んできている店側にはグルーヴの予感があるのも悔しい。駄ペース・ノーマジックでラーメンをすすり続ける俺に打つ手なしである。駄は駄ながらに麺は順調にどんぶりから姿を消し行き、チャーシューも半熟卵も海苔も3枚も俺のストマックにイン、残るわずかなとんこつしょうゆラーメン、さっぱり運ばれてこない野菜トッピング。失われた祝日のエレガンス。途中から俺の中で「ちょっと面白い」のスイッチが入っている。

そして感動の瞬間がおとずれる。とんこつしょうゆラーメン完食である。いつもの半分くらいの速度でちんたらすすったのに…という逆説も手伝って、独特の感慨がそこにはある。トッピングが運ばれてくる前にメインを食べ終わったときに特有のドラマであり高揚がある。それを祝うかのように店内に鳴り響く、高らかな福音。ヤサイタイヘンオマタセシマター!!うん、すごく待ったよ。ザ・普通を駄ペースでノーマジックのままフィニッシュしちゃったよ。残されたわずかなとんこつしょうゆスープを手がかりに、山盛りの茹で野菜(味付けなし)を泣きながら食べた。マタオマチシテマスー!