行間

けどその分いっぱい食べるからー。これは何かというと酒席において自身の下戸を告白した女の子が、往々にして「私お酒あんまり(or 全然)飲めないの」に付け足す言葉。女性に特有のセリフと思われる。初対面の多い席などでは特に、かなりの頻度で(と言っても年に数人だが)「その分食べ子」さんに出会う。ひるがえって男にこういう輩はいない。


けどその分いっぱい食べるからー、の「けど」。私の感覚だと「お酒を飲まないんだからご飯を多めに食べるのはむしろ道理だよなあ。例えばビールとか水割りお湯割り系ってけっこうお腹にたまるものだし」なのだが、食べ子の心中では「お酒を飲めない人は普通ご飯もそんなに食べない」となっているらしい。これって、私にとってはずいぶん奇妙な理屈に思える。世の中では当たり前の図式なのだろうか。
上記命題の対偶をとって「ご飯をたくさん食べる人はお酒が飲める」としてみてもやはり意味がわからない。下戸/非下戸とご飯摂取量は別物と考えるものではないかしら。食べ子の脳内回路が読めない。大体だ、これは余談になるが、一般に「その分食べ子」さんは大抵ご飯もそんなに食べるわけでなし、しかもまあやせていて顔立ちも整っている、つまりグッドルッキングの度合いが本邦平均よりも幾分か高いことが多い。


容姿の面に不足のない女性、つまりまあ普通に考えたらカロリーコントロールもきちんとしている女性が「たくさん食べる」ことをわざわざアピールするとき、そこには謙遜あるいは「やつし」といった「自分のポジションを一段下げ」ようとする機制がはたらいているように思う。「いっぱい食べる」ことはそれだけで、その分食べ子さんたちにとって(女性一般にとって?)イメージの悪いことなのだろう。まあ確かに過食は世間一般でも悪印象だし、それが転じて「食べること」そのものに何かしらのマイナスイメージが付与されてしまうというストーリー。うなずける話ではある。
話を「けど」に戻そう。私の理屈の中ではしごく真っ当な現象である「お酒を飲めない分たくさん食べる」になぜ世の女性は決まって「けど」を付すのか。「けど」を抜いても十分に文意の成立する場面どころか順接の接続詞こそがふさわしい場面で、だ。わざわざの「けど」に込められた如何ともしがたく否定的なイメージがなぜここに必要とされるのか。それは今見た通り「ポジションを一段下げた方が得」という計算がどこかにあるがゆえ。そう考えてみたい。


上がってしまうから。食べ子さんのやつし現象の理由の1つを私はそう推察する。初対面の場でいきなり「あまりお酒は飲めないの」と言ってしまうと「気取ってる」「お高く止まっている」的なニュアンスにとられてしまうことが時にあろう。ただでさえ見た目に優れた彼女だ、多くの場において居合わせた人間の中での相対的なポジションは対面の瞬間からある程度高い。そのような「上がってしまった私」を無効化するために、けどその分たくさん食べるの〜でポジションを調節しているというか。さらに、「気取ってる」路線からあれするに、「気取ってるんじゃなくて、本当にお酒をあまり飲めないんです」というメッセージもそこには含まれているのかもしれない。だって気取ってたらご飯をいっぱい食べるわけないですもんネ!言外に込められた気さくさのアピール。
また初対面の場で有効なトークの手法である「バカ裾野の広がりっぷり自慢」が件のセリフには巧妙に組み込まれていることも見逃せない。うち解けやすさを獲得するために僕は/私はこんなにバカなんですよー、理屈に合わないことをやれるんですよー。といった話を互いに打ち明け合うこと(酒の席でのはじけエピソード、女性らしくない失敗談の披瀝など)はままあるが、それの一類型として「たくさん食べる」を採用しているわけだ。バカ系に与するエピソードと万人が認めつつ、結局は「それが逆にかわいい〜」と言ってもらえるレベルの絶妙な線引きとして「たくさん食べるキャラ」を採用。とんだメギツネである。宴会の席や結婚式のパフォーマンスで「私はバカやってます」の振りをしながら最終的に「かわいい〜」の声をさらおうとする心理と似ているかもしれない(←僕はもちろん、こういうの大好きですよ!)。


あれこれ述べてきたが「けどその分いっぱい食べるからー」は結局のところ以下のような意味ととらえれば良いことになる。
お酒飲めないって言ったけどそれはホント気取ってるとか警戒してるとかじゃなくて、体質として一杯で酔っぱらっちゃうってことなの。だってほら、気取ってない証拠にご飯はたくさん食べるんだよ!ご飯をたくさん食べるなんてスマした女の子のすることじゃないでしょ?それに私って容姿も平均以上なわけでそのことは自分でも自覚してるし、かわいいってだけでつい遠いというかみんなとうちとけられない感じになっちゃうんだけど、だからって特別な努力に毎日せいいっぱいとか、ましてやカロリー制限に必死ってわけじゃないから気楽に接してほしいの。イエス、あなたは私に気楽に接して良いの。
だってほら、私はピエロでござーいっていう意味で、でもヨゴレとしては扱われたくないしそういうのは容姿に難ありの子がやればいいことだから、我ながら絶妙な落としどころとして「ご飯たくさん食べるキャラクター」ちゃんと作ってるわけ。そこの所、ちゃんと空気読めてるかな。お酒飲めないことと合わせてアピールすればとっつきやすい感じも出せつつ文脈として不自然じゃないしね。ただあれだけど。食べるって言ってもホントに人並み以上に食べるってわけじゃなくて、やっぱり小食の方がかわいいし、てかかわいいと思われるだろうし、そんなに食べ過ぎてるわけにもいかないんだけどね。正直お酒ガブ飲みするのもイメージ悪いわけで、上手いこと使えばお酒を飲めないのもひとつの「武器」になるわけじゃない?あ、あと勘違いしないでほしいのはピエロを演じてるからってといってもてはやされるのは嫌いじゃないのよ。私はチヤホヤされるのが好き。お姫様願望はきっちりあるの。よくってウェンディ?そう、私はウェンディ。表情もバッチリ決めて愛され度満点お嬢様スマイル。ほらいくわよ…。けどその分いっぱい食べるからー!


…たった一言にこれだけの行間。女は怖ろしい。