60s 70s

地域医療研修ということで4月は近隣のクリニックで研修を積ませていただており小平を離れている。先週は東久留米、今週は国立通いだ。「こくりつ」ではなくて「くにたち」と読む。国分寺と立川の間に位置するから国立という、日本が世界に誇るなあなあ文化と曖昧の精神を結集し尽くした感のある適当な地名。どうでもよいが私のマザー・ハイスクール(「母校」のルー語だヨ!! 今日もshoちゃん面白い!)も国立にある。大胆な放し飼いが特徴的な、思い出深いとっておきの高校だった。


閑話休題、今現在職場の真向かいに住む、学生時代から現在の研修医寮まで首尾一貫した徒歩圏内一本勝負を貫き通してきた私にとって「電車通勤」という動作は面倒くさいのひとことなのだけれど、それなりに新鮮な経験で楽しかったりもする。朝はやい電車にきちんと乗るのってなんだか良い。みそっかすでも社会に混ぜてもらっている気がする。カバンの中には聴診器と白衣、どう考えても変態業界の手荷物だが周りの人たちはそれを知る由もない。カバンの脇からポロリと聴診器が覗いた上にズボンのチャックなど開いていれば即刻アウト、言い逃れはまず立たないだろう。それでも僕はやってない!…入魂の叫びは虚しく空に響く。
満員電車でないことも手伝ってか、ひとまずのところ通勤は楽しい。情緒面でずいぶんと残念な人生を送ってきた私は花の名前なんて全く知るはずもなく、しかし通う街並みや風景の色とりどりにあれやこれやの花が咲いているのをみるとうなぎ登りで幸せな気持ちになれる。道すがら安室奈美恵の新譜を聴くことが多いが、これがまた青天井のポジティブネスを私に与えてくれる。


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当直明けで研修先のクリニックへ向かうのはやはりつらい。へんてこな、だけれど愛すべき急性アルコール中毒にとことん睡眠を阻まれた翌日はどう考えても眠い。死ぬほどスリーピーで立ちながらでも眠ってしまうような、クリスピー・スリーピー・クリーム・ドーナツみたいなまぶたをこすりながら国立駅へのアクセスを求め武蔵小金井駅に向かうとそこにはソドムがあった。クリスピー・クリーム・ソドムがあった。各種ニュースでも報じられていたけれど、発電所の火事で中央線が東京駅から甲府駅までがっつり止まりウン十万人の足に支障が生じたとかいうあれだ。
雨も降りそぼり気温は4月のそれとは思えないほどに冷たい。子供を背負った母親にタクシーの順を譲るなどの偽善的かつ露善的なパフォーマンスに身を染め、安っぽい自己満足でわかした即席の風呂で冷え切った体を芯から温めながら、心の奥では凍え死にの予感から脳裏にあれこれ(クリスピー・クリーム・ドーナツのこととか)を浮かべている。



寄る辺なき人の群れは病院用語で言えばコラテ、つまり側副路を求め代替輸送手段に殺到する。バス停留所やタクシー乗り場はシラス釜揚げの瞬間のようにごったがえし、3桁をゆうに超えるシラスたちがそれぞれ列をなし寒さに震えながら一同に会している。
安保がそこにはあった。60年と70年をひっくるめた政治の季節、安保闘争がそこには再現されていた。往年の名曲を大胆にアレンジ!安室奈美恵めいた温故知新の風景を思いながらタクシーの順は遅々として進まない。なお上の写真を安保と勘違いする人がいるかもしれないから一応断っておくと、これは僕の携帯で撮った写メだ。2008年4月10日正午の武蔵小金井駅。交通手段をなくし荒ぶる民衆の熱気がビンビンと伝わる1枚に仕上がったと自負している。新機種になり画素数が上がったのが良かったのかもしれない。
以上、たまの電車通勤なんてしてみたら事故にぶつかってとんだ災難だったという話。結局タクシーに乗るのに2時間以上かかった。びっくらこいた。