夢〜眠

まさかの夢オチであることをことのはじめに明かしておくことは私に許された唯一のモラルであるように思う。ムーミン・マグカップは今日も変わらぬ笑みでお〜いお茶を私に供する。


先日、東4北病棟は消化器内科で患者さんの退院サマリーを書いているとどうだろう、左肩をポンと叩かれ振り返ればそこに上級医のK先生。ope着ope帽(内視鏡検査は意外とよごれる)に身を包んだ先生は私の担当患者さんについての指示を一通り述べたあとでニヤニヤしながら一言。いやあsho先生、いつもロマンティックをありがとう。
死んだかと思った。私の脳内で類を見ないいくさが起こりあとにはただニューロンの焼け野原だけが残った。武蔵野の風はぴゅうぴゅうと肌寒い。


私の見ている夢である以上しごく当然なのだが、K先生は怖ろしいほどにこのページの内容について熟知している。韓国でウンコ漏らしたんでしょ?酔っぱらうと裸で寝てたりするんでしょ?チン毛のことをシモーヌって呼ぶんでしょ?今の宿舎でオシッコするとQの字になるんでしょ?
病棟でおくびに出すわけもないよしなしを目の前の指導医はあるがままに知り抜いている。うなる心拍数、陣太鼓もかくやの脈圧、大河ドラマが幕を開けようとしはためいている。K先生の背後に風林火山ののぼりが。疾きこと風の如し、徐かなること林の如し…。ああ、夢と知りせば風林火山


今だからこそムーミン・マグカップを片手にムーミン火山えへへなどと洒脱な言の葉あそびを弄することのできる私だが、夢の中に見る「現実」を生きる私にとって自体はそうたやすいものではない。狼狽することしきり、しかしそれを表に出すわけにもいかず。「韓国でウンコするとやっぱお尻がヒリヒリするんですよ〜。カプサイシンあなどれませんよ〜。」といらぬサービス精神を発揮する始末。病棟では何事もなく看護師さんが薬剤を仕分け医師が処方箋を発行し窓の外ではスズメがさえずっている。のどかだ。私の脳内ではムーミンが険しく兜の緒を占めフローレンが火打ち石を鳴らしているというのに。セカンド・ウォーの予感がよぎる。


ああ。夢とわかったときの安堵感たるやなかった。朝一番に飲んだお〜いお茶はやさしい味がした。