食堂麻薬

好きだ。これが僕だけのひとりぼっちの喜びではないことを願いながらおずおずと、けれど少しばかりの勇敢さを込めて言わせてもらえば、僕は同じ場所で日々ご飯を食べ続けることが好きだ。とりたてて美味ではない安価な昼食、しなだれた場末の夕餉。それらはしかし通い続けるとどうだろう、毎日に訪れるささやかな楽しみへと姿を変えている。不思議なものだ。


「すずかけ」という軽食屋があった。医学部図書館の地下1階。女子十二楽坊LOVE PSYCHEDELICOのCDを延々とローテーションさせることである種密教めいた雰囲気を漂わせることに成功した、小粋なトリップ喫茶食堂すずかけ。そこではトリップだけにトリの胸肉をまるまる一枚使ったドンブリものが日替わり定食の定番メニューとして頻繁に供されていたのだけれど、もうこれが。何とも言えず好きだった。味はといえば値段に見合った「まあ、そこそこ」程度、でも4年生の僕は昼食の時間になると、すずかけに気もそぞろで仕方がない。


5年生以降は大学病院の中にあるお食事処「ねむの木」にお世話になった。体がおぼえるとでも言うのだろうか、やはりねむの木も別段味わいぶかい食事を出す店ではなかったのだが通いつめるうちに、日々を通り越して日々々代わり映えのしないあの味付けに強い愛着が湧いてくるのだった。これは余談だけれどイシゲさんという「一旦ミイラになった後に水をかけたら復活した」といった風情、高野豆腐感にあふれた絶妙の枯れ具合をほこる店員さん(名誉班員として、卒業アルバムに一緒に映っていただきました)がいらっしゃり、彼女独特の配膳リズムは、胎内で聞く母親の心音の様に僕の心をいやした。威勢の良いいらっしゃいませぇ〜に始まり、「まずは中華から参りましたよ〜」「続いて刺身御膳でございます〜」と昼食の配膳に緩急そしてドラマ性を孕ませることに成功した給仕さんを僕は他に知らない。
閑話休題、どこかの企業が経営している食堂なのだろうからこれといった特徴のない、日本人の味覚の最大公約数に合わせた平均的な味。だけれど幸福な常習性は体をむしばみ、気が付けば毎日それを食べたくて食べたくて。通い詰めることによりおのずと生じる麻薬現症を僕はそれほど嫌いではない。いや違う、結構、好きだ。


そしてみたび、食堂の麻薬性は猛威をふるっている。僕が現在勤める病院は地下1階にあるフランチャイズ食堂で提供されるご飯の味が恋しくて追いかけて捕まえてキスユー。そんなイメージ吉川晃司の勢いであの味へまっしぐらだ。モニカ!会えない週末は切なすぎるからと、せっかくの土日も病院へ顔を出したついでにしっかり地下食堂で昼食をとっている自分がいる。モニカ!値頃だけれどとりわけて褒めるところのないご飯じゃないか。せっかくなら外に出ていつもと違ったメニューを楽しめばいいじゃないか、理性はそう告げてくるのだけれど恋はシグナル、体の欲求は正直だからどうしようもない。
通い始めて半年でこの有様、今後の1年半でどこまでこの食堂を好きになってしまうというのか。はたまた途中で飽きがくるのだろうか。大いなる疑問は予断を許さない。