彼女について僕が考える二、三の事柄

思い出したように、この時期になると彼女は決まって僕のもとを訪れる。きまぐれな彼女はいつだって僕の都合なんて全くお構いなしで、こっちは翻弄されっぱなしの振りまわされっぱなしだしついつい憎まれ口を叩いてばっかりになっちゃうんだけど、それでも僕は彼女がやってくるのがちょっと嬉しい。彼女の声を聞く。ああ、もう秋も本番なんだな、そろそろ冬物のコートの準備も必要だな。そうやって秋や冬が体にすっと入ってくる。まだ少し引きずっていた、青い稲穂にも似た夏の残り香はどこかに運び去られて、あ、ひょっとしたら彼女は季節なんじゃないか。と思ったりもする。


そういうわけで、図ったように丁度一年ぶりの風邪をひいた。喉痛いし咳出るし痰出るし、熱っぽくてぼーっとする。ご飯の味もいつもと違う。今日はサークルの練習だったんだけど、何だか楽譜読めない指も動かないで、元からひどい4楽章がさらに大変なことになってた。ああ風邪はいやだいやだ。
大体、風邪って名前が良くないよ。「zの部分」が良くない。「風」じゃなくて「風邪」っていうその「zの部分」が風邪のパブリックイメージを大きく貶めている昨今、新しい名称を考える必要が叫ばれて久しい。もし風邪が「安田美沙子」って呼称であれされていたら世の中の反応も大きく違っていたのではないだろうか。「いやー、俺ん所にいきなり安田美沙子が転がり込んで来ちゃってさあ、もう俺のぼせ上がっちゃって大変だよー。」なんて言えたなら、たとえ偽りの幸福であったとしても、それは男冥利というものだ。ウェルカム安田美沙子。そんな空気が日本を覆うはずだ。似たような感じでインフルエンザウィルスを「妻夫木聡」って名前にしておけば「最近あたしんとこに妻夫木くんがやって来てね、私もついつい熱をあげちゃってるの。彼ったらB型であたしと性格も合うし、あたしがいなかったら生きていけないとか言うのよ〜!」みたいなことになって、いやはや気持ちの上だけでも幸せになれる女性が増えると思う。
って思うわけもない。風邪引いてるからって適当すぎるぞ、冷静になれ自分よ。


それにしても何でこんなにも正確なんだろうか、この風邪っぴき一年周期は。一人暮らしを始めて丸3年と1ヶ月がたったけれど、その間にきっちり4回、11月になると決まって風邪をひいている。実家にいた頃は風邪なんて全然ひかなくて、やっぱり一人で生活するって体に負担になってるのかもなって思う。東京の空気はたくさんの刺激をくれるんだけどその刺激は厚木市毛利台っていう空気の半端においしい郊外に育った僕にとってほんの少しばかり強くて、呼吸を繰り返す毎日の中、気付かないうちに体が何だか疲れてしまうのかもしれない。


ただ、風邪だってそんなに悪いもんじゃない。
確かにつらいし、少しでも早く良くなりたいけど、嫌いなわけじゃないんだな、風邪。一年に一回程度のことだし、上に書いたみたいに季節を感じさせてくれるっていう意味ではむしろ大切にしたいくらいに思っている。つらいと同時にちょっとだけ嬉しいのだ。ようやく訪れた季節の便りなんだからいたずらに邪険にしないで、なるべく堂々と、正面から相対したい。三つ指ついて出迎えたい、はちょっと言い過ぎだけど、彼の歩幅の方がおっきくってどうしてもあたしは早足になっちゃうな。たまには振り向いて欲しいな。少し下がって軽く裾とか引っ張って、そんなこと考えてる自分に少し照れながら風邪と二人一緒に歩いていきたい。トップブリーダーにきちんとコンサルトして少々値が張っても風邪が一番喜ぶドッグフードを選んであげたいし、毛並みだって毎日整えてあげたい。I wanna be your pop star 君をぎゅっと 抱きしめてどうこうとか、朝目覚めるたびに君の抜け殻がどうこうとか、甘い声で歌ってあげたい。時計も靴も光る真珠の首飾りも、風邪が望むものみんな買ってあげたい。風邪が〜望むなら、ヒデキ〜!ってしてあげたい。そして誰か僕の妄想を止めてほしい。


酒飲んだら行ける気がしてきてサークル後にカラオケは行ったものの、喉痛すぎてもう一件のカラオケの予定はキャンセルするしかなかった。すまんA利。
今日はあったかくして寝よう。初毛布だ、軽く嬉しいな。お祭り気分でお休みなさい。
どけどけー、風邪だ風邪だー!そいやそいや!