ミサト

フジロックのことを考えている。昨日サークルKで買っておいたおにぎりをあたため朝食にしながら、昼飯にジャージャー麺を食べながら、夜勤の看護師さんにお菓子で餌付けされながら頭の中はフジロックでいっぱいだ。ご飯の時間とフジロックのことを考える時間で日々は満たされ、約束の地苗場で昼間から飲むビールそしてペットボトルに詰めて持ち運ぶ焼酎水割りのことばかりがよぎっては過ぎ行き、気が付けば一日が終わっている。
同期の研修医(あだ名:シュードめがね)の話によれば、担当したアル中患者Xさんはほぼ毎日の頻度で、近所のT公園にて昼間から酒をあおる日々をおくっていた。浴びるほどのアルコールは氏の肝臓を徐々にむしばみ、Xさんはついに急激な症状から病院へかつぎこまれる。果たして入院のはこび、シュードからの問診で「なぜそこまでしてT公園で酒を飲むのか」と聞かれた彼はひとこと言い切ったという。俺が飲んでなかったらT公園じゃねえからな。


俺が飲んでなかったらフジロックじゃねえからな。そう言い切らんばかりに私のフジロックへの熱情は高まりをみせている。タイムテーブルを眺めては晩酌の肴とし、気が付けば顔をにやつかせている毎日だ。
ロックの神様もそんな私に感じるところがあったのか本日10時21分、私の携帯電話をリンリンとお鳴らしになった。残された履歴に浮かぶは見知らぬ番号ではあるものの、これだけフジロック・フェスティバルを愛する私だ、電話の主はおそらくはロックの神様と考えて間違いないだろう。当然ながらあいにくの業務中で直接その電話に出ることはかなわなかったが、神様に失礼があってはいけないと昼休みに折り返しお電話を差し上げる。

はい、渡辺美里ファンクラブ「Do!」です。いつもミサトへの応援ありがとうございます!まず、ファンクラブ入会方法をお知らせします。


何かがおかしい。梅雨の白日夢が私をつつむ。神様からの電話にかけ直したはずなのに(神からの連絡なのだから根拠はなくとも直感でそれと分かる)どう考えてもつながっているのは渡辺美里ファンクラブ「do!」だ。電話の先の録音メッセージが軽快にファンクラブ入会方法を告げている。私が行きたいのは夏の渡辺美里祭りではなくフジロック・フェスティバルだというのに、どこでバスの乗り継ぎを間違えたのだろうか。むしあつく湿度に満ちた蜃気楼が理性をくもらせたのだろうか。受話器の先ではファンクラブ入会方法にの詳細がいまだはつらつと続いていたが電話を中座、気を取り直しロックの神様へ折り返しのお電話を差し上げる。

はい、渡辺美里ファンクラブ「Do!」です。いつもミサトへの応援ありがとうございます!まず、ファンクラブ入会方法をお知らせします。


先程と同じトーンで繰り返される「Do!」への入会案内。天気図は曇りのち晴れの予報、梅雨の既視感が私を包む。そもそも、いくら感謝の意を伝えられたところで「いつもミサトへの応援」をしているつもりは毛頭ない。俺がいなくても「Do!」は渡辺美里ファンクラブだからな。件の患者さんならばそう言い放っただろう。
ロックの神様からの電話、渡辺美里。点と点をむすぶ糸として実は渡辺美里こそがロックの神様という可能性も否定しきれぬとはいえ、その仮説を実証する手だてがない。


来週の苗場は晴れるだろうか。